「新しい自分で生きる」としても、すぐに私自身も、周りの状況も変われるわけもなく、辛い日々をただただ、やり過ごす毎日。

そんな時、私を救ったのが、『自分の“名前”について調べてくる。』という宿題だったのです。

父に名前を付けた由来を聞いた時は、「な~んだ。」というものだったのですが、(生まれた病院の先生の名前を頂いたらしく、有難いことなのに、失礼ですよね(笑))

ただ、辞書で自分の名前の漢字の意味を調べた瞬間から、自分の名前がとても輝いてみえて。

それまで、自分の事が大嫌いだったのですが、

「こんな素敵な意味がある漢字を持つ私。どうせ新しい自分になるのなら名前のような人になれたらいいなぁ。そうなれたら、どんなに素敵だろう。」

と思うように。

学校でも、家でもトラブルばかり。体調も悪いことが多く、

「どうして私は生まれてきたんだろう。」

「どうして私は他の人のように、褒められたり、信頼をよせてもらったりできないんだろう。」

と 生きていることが、辛くて仕方かった私に、とてもおだやかで 風雅な風景を見せてくれたのが “自分の名前”だったんです。

それと同時に、

「あ、私 名前に負けているかも。こんな素敵な名前をつけてもらって、なにしているんだろう。」と。


名前は一生私についているもの。

今、叱られたりするのは確かに恥ずかしく辛いことだけれど、名前と自分がかけ離れて生きることは、もっと恥ずかしく辛いことになるかもしれない。

だから、誰も味方がいなかったとしても、名前に恥じない自分でいると決めた自分が味方でいよう。

そうすれば、きっと 人生は変わるはず。「雅子」が活きる 雅子で生きよう。


私の好きな雅子でいる未来に目を向け 毎日を過ごせば、今が少しでも楽になるのではないかなぁと考えたのでした。

小学生の頃といえば、80年代。

“ヤンキー”=”不良”と言われる人たちが多くいた時代。小学生時代の私をみて、親も周りの大人も、

「この子は絶対に 不良少女になる。」と思っていたようです。(笑)

でも、当時の私の中での、“不良“や”ヤンキー“は、その姿も生き方も「雅」の名前からくる世界観には反しており、そのようになることは 一ミリも考えておらず。
(ヤンキーさんも、生き方がかっこよい方が沢山いることは、今となってはよくわかります。)

それでも、周りの大人たちに やいのやいの言われるたびに、「名前に恥じない私になる!」と”雅やかに生きる私”に思いを馳せ、小学生時代を過ごすのでした。

このように書くと、“未来志向” “逆算思考”と言えるかもしれませんが、当時の私は、「現実逃避」として、その思考を選ぶしか生きる道がなかったんです。

自分をこの世から抹殺したいと思うほどの今の状況は耐えられなかったから。

なので、未来の理想の私から力をもらうことで、名前に恥じない私で生きよう!と“生まれ変わる”ことを決めたのです。

それ以降、名前の「雅」という字に、“生き方”を導いてもらったように思うのです。